Satoru Ueda

Satoru Ueda

1998年から世界銀行中東・北アフリカ地域総局に上級水資源専門官として勤務。イエメン、エジプト、シリア等の灌漑・水資源事業の技術面を担当。2008年にアフリカ地域へ異動。2009年よりタンザニア事務所に赴任。東・南アフリカ地域における主任水資源専門官としてタンザニア、ケニア、ウガンダ、ルワンダ、モザンビーク等において、水資源、上下水道、水力発電セクターに関する政策対話、融資プロジェクトの調査、審査、協議全般を担当するとともに、ナイル川などの国際河川における水資源開発、国別水資源計画、セーフガード政策(ダム安全)や水資源開発・保全に関する知識マネジメント活動等を担当。2013年に本部の水セクターに異動し(現在はGlobal Water Global Solution )、世界銀行のダム安全のフォーカルポイントとして、水、エネルギー、農業、都市/農村などのグローバルプラクティス(GP )における、全地域で50カ国以上における約60件のダムを含むプロジェクト(新規建設、既設修復等)に対して、ダムの計画、設計、建設監理、維持管理等に関する技術支援や審査などを行っている。また、業務政策・被支援国サービス(OPCS)や水、エネルギー等のGPと共同で、新しい環境・社会フレームワークの下に、リスクを考慮したダム安全に関するグッドプラクティス/テクニカルガイダンスノート等を作成中。世界銀行入行前は、建設省(現国土交通省)でダムや洪水防御を担当する技官。またダム技術センターでダムに関する新技術の開発や、都道府県が建設するダムへの技術支援、審査等も担当。東京大学及びマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院修了。

第53回インタビュー 2019年1月17日

上田悟 世界銀行 主任ダム専門官

エンジニアとしての仕事からスタート、世界銀行に入行してからはプロジェクト全体を担当するような仕事も経験し、現在は世界全域のダムの安全性を確保するという重要な仕事を担うベテラン職員。1年のうち、200日以上を世界各国のダムづくりの現場で過ごし、世界中のダム関係者から大量に届くメールに対応している彼の今までの歩みや、日本人に対するアドバイスをぜひご覧いただきたい。

構造物を作ることに興味があった大学時代

東京大学で農業工学を専攻し、そのまま大学院に進み土木工学で修士を取りました。土壌保全、地質学、水理学、構造力学などを学びましたが、その時点では途上国に貢献したいと思っていたわけではないんです。純粋に、構造物を作って発展させていくことに興味を持っていました。

物づくりがしたいという思いから、修士を修了してすぐに、当時の建設省(現国土交通省)に入りました。最初は淀川の工事事務所に配属され、その後、本省、地方整備局、土木研究所などで、洪水防御、水資源開発やダムに関する様々なポジションを経験しました。その後、もっと幅広く海外の事例なども勉強したいという思いから、1992年にマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院に留学しました。

MIT留学が日本から海外に目を向けるきっかけに

MITで途上国援助に関係する講座をいくつか取ったことが、開発という概念に触れたきっかけだったかもしれません。MITでは2年勉強し、それまでは技術的なことばかり勉強していたのが、教授のもとでプロジェクトを手伝ったときに、とても印象的な経験をしたんです。

ボストンでチャールズ川に大きな高速道路の橋をかけるプロジェクトがあったのですが、開発している役所、反対しているNGOなど、あらゆる関係者にインタビューをして、紛争調整の専門家であるローレンス・サスカインド教授のもとで彼らの主張や意見を分析し合意調整を可能にする要点等をまとめました。プロジェクト全体を見るいい機会になりましたし、今後もっとやっていきたいと思いました。

その後日本に帰ってもダムや水資源に関わる仕事を続けていましたが、日本では大規模な水に関わる開発は落ち着いてきた頃でした。エンジニアとしてはもう少し大きなバックグラウンドが欲しいと思い、経済的なインパクトや開発の便益が大きい海外で仕事をしていきたいと思うようになったんです。

世界銀行に出向、その後職員に

ちょうどその頃、日本の灌漑技術や洪水防御技術に興味を持っている機関があり、その機関を通して世界銀行が日本人のエンジニアを探しているという話を聞きました。行きたいという希望を役所に伝えたら、出向という形で許可がおり、1998年に長期コンサルタントで世界銀行に出向することになりました。

中東・北アフリカ地域担当で、主に水資源開発と灌漑整備の分野で、設計書やコスト、スケジュールの審査や監理に携わりました。やっているうちに、もっときちんとこの仕事をやりたいと思うようになりましたし、ありがたいことに上司も評価してくれて3年目に職員になり、5年目に、そろそろタスクマネージャーをやったらどうだと言われ、「やらせてもらえるなら残る」と世銀のオープンエンドのスタッフ職員になり、イランとイエメンのプロジェクトを2つまかされました。ダムを含む灌漑開発計画で、準備から審査、監理まですべて担当しました。

2008年にアフリカ地域総局に異動し、2009年から主任水資源専門官となりました。アフリカに行ってからは水セクターのチームリーダーとして、東アフリカの国々、ケニア、タンザニア、ウガンダ、モザンビーク、ガーナなどを担当しましたが、2009年からタンザニアに赴任したので、タンザニアでの仕事が中心となりました。セクター・ワイド・アプローチ(注1)の手法をとったプロジェクトを担当しており、エンジニアの仕事だけでなく、フランスやドイツなどのドナーとの調整、政府の予算管理なども仕事に含まれていたので、正直大変でしたね。ただ、現地にいたからこそ様々な人との仕事を通じて近くなれたので、いい経験だったと今は思います。

英語は事前の準備と知識が大切

Satoru Ueda
ダム事務所の会議室での打ち合わせ(ミャンマー)

英語に関して、やる気にさえなれば、世界銀行には勉強する材料がたくさんあると思います。公開されているプロジェクトの資料を読めば、ポイントや、自分の持っている技術をどのように活かせるかが自ずとわかってくるはずです。自分自身、そのように考えたことを同僚や上司に話して、それは面白いね、実際のプロジェクトに使ってみようか、といった展開になったことも多くありました。

会議でも、人の話をただ聞くのではなく、どういうふうに説明しているのかを観察して真似したり、自分が言えることは3つしかない、ならばこの3点だけはこのタイミングでこうやって言おう、と日頃から準備していると、少しずつ発言できるようになりました。世界銀行にはライティングやプレゼンテーションの研修もあるんですよ。

結局、自分がよく知っていることを話すのが大切だと思います。私が在籍する水セクター部門はエコノミストが多く、エンジニアが非常に少ないんですよね。コスト削減の方法や安全な設計の話をすると、「こういう話をするやつは珍しい」と真剣に話を聞いてもらえました。大規模な水理建造物についての知識を持っている人は限られているので、自然とネットワークも広がりますし、一緒に仕事をしないか、と声をかけられることもよくありました。取水堰や水路などをみる一般の灌漑の専門家も数が少ないので、ダムのような特殊な構造物になるとほぼいないような状況ですね。

タスクマネージャーとしてプロジェクトの準備、審査や監理を担当することも、世界銀行の職員としては大事なことなので、やりましたが、その結果、専門的なことができる人がとても少ないと感じたので、それからは自分の専門分野を活かせるような仕事に比重を置くようにしています。

365日のうち200日以上が出張

Satoru Ueda
Trung Son水力発電ダムの建設現場にて(ベトナム)

結局タンザニアには3年半いて、世界銀行本部の水セクターに主任ダム専門官として戻りました。世銀の融資に関与する全6地域のダムの安全を担保するために、数だけで言うと約50カ国における60ほどのプロジェクトを見ています。計画や設計がきちんとできているか資料を確認するだけのものから、現地に出向いて相手国の設計デザイナーなどに会い議論したりするものまで、関わるレベルは様々ですね。難しい点というのは細かいところにあるので、現地に行って地形や地質、ボーリングコアの観察を行い、また地質の専門家と議論したり、ダムサイトや採石場へのアクセスルートを確認したりと、現地に行かないと対応が難しいことも多いです。

概略、詳細設計などの資料の確認も大量にあり、要点を確認するだけでも時間がかります。安全に関わることなので重要ですが、ほとんどの場合、当該国の調査、設計には不十分な点があり、詳しいコメントを書いたり、ビデオ会議で説明したりということの方が多いですね。ダムを作るということは、環境や住民移転、ときには国際河川の問題もあり、外科手術のような側面もあるため、代替案との比較も含め様々な条件を十分に吟味する必要があります。

ダムの安全審査については、つい最近までこれらをひとりで担当していたんですが、出張は1年のうち200日以上となり、一人でこなすのは不可能なので、上級ダム専門官を一人採用し、これからもう一人来てもらう予定です。

特にアフリカでのインフラ系の仕事の需要は高いと思いますね。変動している河川の水量を調節して、洪水を防ぎ、安定した水量を供給するのが水資源開発の仕事ということになるのですが、日本の河川の水量は昔から非常に変動が大きいので、それに対応してきた日本の水や水力発電関係のインフラや技術はとても高いレベルにあります。対してアフリカでは、人口は増えているのに貯水池の数は足りないし、補修もされていない。大規模な開発になると大きな資金や十分な調査/準備が必要になるので、世銀グループなどとともに、水力発電や水道など民間企業が入りこむ余地は十分あると思います。

他の機関ではできない仕事が世界銀行ではできる

Satoru Ueda
南京水利科学研究院での講演(中国)

日本人として世界銀行で働くことについては、日本人は緻密で一生懸命仕事をするという印象に助けられていると思いますね。世界銀行の多様性の一部として、日本人がいることはいいことなのではないでしょうか。

醍醐味としては、やはり世界銀行では他の機関ではできない仕事ができる、ということに尽きます。相手の政府からも世界銀行の仕事ということで優先的に見てもらえるし、影響力があるので新規のプロジェクトをスタートする際にリードを取ってください、と言われることが多いです。また、ある国で新しい制度や法律を作る際にアドバイザーになってほしいと頼まれることもあります。

仕事以外の趣味は、たまに妻と旅行に行くことでしょうか。最近では旅行や出張で、レソトやモザンビーク、インド、カンボジアなどに行きました。もともとタンザニアには妻も一緒に住んでいましたし、いろいろな国に行くのは好きなようです。

今後は、何人かを採用することによってチームのキャパシティを強固にし、自分が辞めても問題ないようにしたいですね。辞めるのは冗談にしても、今後もう少し本部での仕事を人にまかせられるようになったら、またアジア地域等の現地事務所で働きたいという気持ちはあります。

日本の若者にもっと来て欲しい

これから世界銀行を目指す方に言いたいことは、まずは世界銀行に入る前に自分の専門分野を確立することです。衛生、農業、土木、教育など、どんなことに自分は興味があるのかを見定めて、その分野をしっかり勉強してください。その後、役所や企業、コンサルなどでそれに関連した経験を積み、世界と日本が自分の専門分野に関してどういう立ち位置にいるのかを観察するといいですね。そうすると、日本にいたときの経験と、途上国に行って仕事をするときのギャップが少ないのではないでしょうか。日本の技術は高いけれど、そのままでは途上国に使えません。そこを調整するのにも役立つと思います。

英語を勉強することはもちろん大事ですが、ただ勉強するのではなく、自分の言いたいことを論理的に英語で説明する訓練をし、いろんな発表の機会を大事にしてください。世界銀行に入った後も、外部機関などに発表を頼まれたら嫌と言わないこと。それが自分の情報発信にもなりますし、訓練にもなります。また、これは私も得意ではないんですが、上の立場にいる人と積極的に話をすること。例えば世界銀行に若手として入ったら、マネージャーや上級専門官、主任専門官のところに行って顔を覚えてもらい、話をしてください。私自身、そういった機会の前には想定質問をして、これだけは言おう、とある程度のシナリオを準備していました。英語が得意ではないなら、事前に準備することは大切です。今はウェブサイトでさまざまな資料に触れることができるので、いくらでも材料はありますよね。私自身、世銀の充実したデータベースやインターネットがなければ仕事ができないと思うことは多いです。

まだまだ日本人は少ないのが現状なので、日本人の方にはどんどん来て欲しいですね。私がいる水セクターや、エネルギーや都市、運輸セクターは、実力をきちんとつけさえすれば、日本人は入りやすい分野だと思いますよ。日本人の中で潜在的に能力がある人は多いと思うので、積極的に自分を磨き、開発の仕事にチャレンジしてみて欲しいと思います。

(注1) 従来の開発支援は、援助国や国際機関がそれぞれの計画に基づき行われていたが、この方式では、個々のプロジェクト相互の調整が十分でない場合があり、被援助国の吸収能力の問題も相まって、効果的な援助が実現できない場合があった。このため、援助国等と被援助国が協力して、保健や教育など個別の分野(セクター)毎に整合性がある開発計画(プログラム)を策定・実施するというセクター・ワイド・アプローチが提案され、特にサブ・サハラ・アフリカにおいて主流になっている。(出所:外務省ウェブサイト)

JPOプログラム
採用・奨学金

世銀スタッフの横顔ホーム