IDAの歴史

世界銀行という名称で知られる国際復興開発銀行(IBRD)は、ヨーロッパ各国が第二次世界大戦後の惨状から復興するのを支援するため、1944年に設立されました。ヨーロッパの復興に成功した世界銀行は、その後2、3年の間に、活動の焦点を途上国に向けるようになりました。1950年代までに、最も貧しい途上国が成長に必要な資本を借り入れられるようにするには、世銀の提示するよりも緩やかな条件が必要であることがより明白になりました。

1950年代初頭、国連と米国政府が作成した報告書は、多国間ドナーの支援の下で貧困国に有利な条件で融資を行うプログラムの設置を支持するものでした。様々な話し合いを経て、ユージン・ブラック総裁率いる世銀において、途上国に「緩やかな条件での融資」を行う「国際開発協会(IDA)」を設立するというアイデアが浮上しました。

モンロニー決議

IDA設立のイニシアティブは世銀内部で大きな勢いを得た上、外部では、世銀を援助の実施機関として、途上国に緩やかな条件で融資を行うことに関心を示したマイク・モンロニー上院議員(オクラホマ州選出、民主党)の支持を得ました。同議員は、上院国際金融小委員会の委員長に指名され、モンロニー決議と呼ばれることになる議案を提出しました。

IDA協定

同決議が上院を通過すると、ニューデリーで開かれた1958年の世銀・IMFの年次総会において米国財務長官が、米国は世銀の一機関としてIDAを設立するという提案を真剣に検討していると発表し、他の国々も同じようにすることを希望しました。1958年に世銀加盟国政府の間で始まった協議の後、総務会は、1959年の年次総会において、IDA 協定(PDF)の草稿を世銀理事会に求めるという米国の議案を承認しました。

1960年1月末までに、世銀はIDA協定をすべての加盟国に回覧して批准を求め、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領率いる米国など加盟国の承認を得ました。

IDAの活動開始

IDAは1960年9月24日に、オーストラリア、カナダ、中国、ドイツ、インド、イタリア、マレーシア、ノルウェー、パキスタン、スーダン、スウェーデン、タイ、英国、米国、ベトナムの15か国によって活動を開始しました。当初の資本金は9億1270万ドルでした。発足から8か月以内に、IDAの加盟国は51か国となり、4か国に対して1億100万ドルの融資を拠出しました。最初のIDA融資は、ホンジュラスが高速道路保守のために受け取りました。ほかの3件は、チリ、スーダン、インドに対するものでした。

IDAは、現在172の加盟国を擁するまでに成長し、世界の最貧国81か国(うち39か国がアフリカ諸国)に対する主要な譲許的融資提供源になっています。合計で、36か国 がIDAを卒業しましたが、その後IDAからの融資受け入れを再開した国もあります。IDAの融資と贈与は設立以降で合計2220億ドルに上り、近年は年間平均130億ドルで、50%がアフリカ諸国に対するものです。

IDA協定

IDA協定は1960年に発効しました。最初のIDA融資(クレジット)は1961年に承認されました。

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一目でわかるIDA(PDF)

IDA at a GlanceIDAは世界銀行の最貧国向け基金です。

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IDAに関する基礎知識

IDAの主な国別成果

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