Yoshimi Muto

Yoshimi Muto

大阪生まれ。東京・九州・宮城・神奈川で育つ。慶應義塾大学経済学部卒業、株式会社リクルートで営業・制作・編集の後、コーネル大学・ニューヨーク市立大学合同産業労働関係論修士課程へ進学。在学中、国連などでインターンを経験した後に、国際労働機関(ILO)のジュネーブ本部にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)として赴任。その後、経済協力開発機構(OECD)人事部、国連本部人事部を経て世界銀行人事部に入行。採用部で日本人採用を担当後、エグゼクティブ・サーチを担当。2001〜2003年、ユニセフ人事部へ緊急対応担当として出向。9・11、アフガニスタン、コートジボワール、リベリアなどの危機対応に貢献後、2003年世銀人事総局に戻り、ネットワーク担当チームで対外関係総局、世界銀行研究所(WBI)、地球環境ファシリティ(GEF)担当。現在は持続可能な開発総局で環境・都市セクターを担当。ジョージワシントン大学エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム在籍中。夫と娘とバージニア州在住。

第21回インタビュー 2010年9月7日

武藤芳美人事担当官

世界銀行 人事総局 ネットワーク担当チーム

落ち着いた声のトーン、ゆっくりと正確に言葉を選んで話す様子からは、武藤さんの真面目で粘り強い性格が見てとれる。「私の人生は、挫折の連続でしかも行き当たりばったり」と笑う彼女に、その行動力や芯の強さが感じられる今までの半生を語っていただいた。

挫折の繰り返しだった学生時代

公立の中学校では、テストでトップの成績をとって仲間外れにされたこともありました。でも、その後進学した慶應義塾女子高等学校では、皆さん優秀でそれまでの自分の「井の中の蛙」ぶりを思い知らされましたね(笑)。そんなとき、交換留学プログラムでハワイに行って、すっかりその開放的な雰囲気に感化され、「ハワイ大学に行きたい!」と強く思ったんです。でも親に駄目と言われて、絶望的に落ち込みました。親と1年近く口を聞かなかったぐらいですから。高校3年の3学期から、そのままエスカレーター式で進学した大学の夏休みまで、学校にも行きませんでした。これ以上休むと留年する、というところまでいって、「これで留年するのも馬鹿馬鹿しいな」と思ったのと、高校からの友達と大学のクラスメイトたちが「おいでよ」「ノート見せてあげるよ」と言ってくれて、大学1年の秋からやっと学校に行くようになりました。ただ、その1年の間の出来事はほとんど覚えていないんです。思い出も写真もなくて、空白の1年という感じですね。それで「写真で残す」ということの大切さに目覚め、大学時代からは日記のように写真を撮り始めました。風景などの抽象的な写真が好きで、暗室作業もやっていました。娘が産まれてからは、すっかりフィルムからデジタルになり、撮るのも娘ばかりになってしまっていますが。

民間企業への就職、その後ニューヨークへ

大学を卒業してすぐ、株式会社リクルートに入社したんです。当時は就職氷河期で、4年制大学の女子の募集は本当に少なかったですね。マスコミに行きたかったんですが、新聞社や広告代理店は新卒を取らないというし、どうしようと途方に暮れていたら、当時のアルバイト先のリクルートの方が「うちにくれば」と言ってくださって。音楽が好きで、ずっとピアノをやっていたので、ピアノとエレクトーンの先生になることも考えましたが、お誘いを受けて就職を決めました。

リクルートには5年ほどいました。ハードワークで体調を崩したのと、ある会議で同じ内容だったのにもかかわらず、私の意見よりもある男性の意見の方が重視されたのを感じて、これからのことを真剣に考えよう、と退職したんです。その後、「将来のことを考えるため」が半分、単純に「好きな場所に行ってのんびりしたい」という気持ちが半分で、ある語学学校のプログラムを利用して、2か月間のニューヨーク語学研修に参加しました。これが、自分の中での大きな転機だったと思います。

国際平和に開眼した国連のツアー

Yoshimi Muto語学研修中に参加した国連の見学ツアーで、広島の原爆の遺物を見て衝撃を受けました。日本人として、今まできちんと原爆について知らなかったということも含めてショックでしたね。それで、国連ってどういうところなんだろうと興味がわき、「国連で仕事をしてみたい」と思ったんです。たまたまその語学研修中に仲良くなった、大学院の留学生のアドバイザーの方に相談したら、「このままMBAプログラムに入りなさい」と言われて。日本を出発するとき、親に「体を壊したのに海外なんかに行って、大丈夫なの?」と心配されて「2か月で帰るから」と答えていたのに、そのまま大学院に入ってしまいました(笑)。

ただ、その大学には私のやりたかった人事系の専攻がなかったので、とりあえずマーケティング専攻で入学し、籍を置きつつ他の学校を探しました。その結果、見つけたのがコーネル大学とニューヨーク市立大学の合同プログラムでした。そのプログラムには仕事をしている人たちばかりが参加していて、マンハッタンの中間管理職の人たちと一緒に勉強できたことも大きかったですし、マンハッタンの会社でも色々なインターンシップを経験できて、大きな刺激を受けましたね。

国際公務員として様々な組織を経験

大学院を修了して、外務省のジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)というプログラムと国連競争試験を受験し、最初に合格通知を受け取ったのがJPOだったんです。それで、ジュネーブにある国際労働機関(ILO)本部にJPOとして赴任しました。ヨーロッパに住むのは初めての経験だったので、楽しかったですね。それまではどちらかと言えば開発よりも国際平和に興味があって、あまり開発に関する知識はなかったのですが、女性問題に関する仕事を担当して、その知識をいろいろと学ぶことができました。2年の契約期間が終わる頃、ILOが予算的にいろいろと厳しい時期だったこともあって「そのまま正規の職員として残るのは難しいんじゃないか」という噂を聞き、他の組織にいくつか履歴書を送ったところ、経済協力開発機構(OECD)から合格通知があったのでOECDに移りました。Yoshimi Muto当時25ヶ国ほどが参加していたOECDは、非常に恵まれた環境にある印象でしたね。当時のOECDで働いたことは貴重な経験になったと思っています。

そんなとき、大学院を修了するときに合格していたけれども空席がなかった国連競争試験の仕事に空きができたという知らせがあったんです。今ではもう1年ぐらいしか、空席を確保してくれないようなんですが、当時は3年ほどキープしてくれていて、たまたま合格通知が来たんですね。OECDもよかったんですけれども、ずっと働きたかった組織というのと、住むところとしてはパリよりもニューヨークが好きということもあって国連を選びました。仕事としては、最初は補助スタッフの採用、ユーゴスラビアの平和維持活動への人材派遣。その後専門職の職員を採用する部署に在籍していた際に、世界銀行の方から逆ハンティングしていただいたんです。

採用担当の醍醐味

国連から世銀に入って、引き続き人事で採用の仕事を担当しています。国連と世銀でいろいろと違いはありますが、人事が採用するというより、現場のマネージャーたちが決定権を持っているという点は双方とも共通していますね。最も大きな違いは、給与に関して国連は年功主義で、世銀は成果主義ということでしょうか。

この仕事をしていて感じる醍醐味といえば、部局のマネージメントに貢献しつつも、個人のキャリアアップにも貢献できることですね。組織の目標・存在意義をアピールして、優秀な方に来ていただくのが目的ですから、人探しはグローバルに行いますし、ネットワークは世界中にあります。現場のマネージャーにどんな人に来て欲しいのかを聞き、全世界から候補者を探して、その人が組織に入ってくれて長く活躍してくれる、採用担当者としてこんなに嬉しいことはありませんね。

現在はジョージワシントン大学の博士課程に所属しています。必須・選択授業は3年前に履修し終わり、現在は論文を書くためにデータ収集を行っているところです。組織文化を研究していて、世界銀行に関するテーマで論文を書こうと考えています。日本には、毎年夏に帰るようにしています。親戚などいろいろな人に会わなくてはいけないので疲れるんですが(笑)、娘に母親の母国をきちんと見せてあげたいという気持ちもあって、我が家の恒例行事になっています。

早いうちに「日本の外を見る」経験を

どの学校に行ってどのようにキャリアを積むかを綿密に計画するのもいいですけれど、それだけが国際公務員への道ではないと思うんです。私自身、行き当たりばったりでここまで来たので。

Yoshimi Muto自分の将来について悩んだり、色々なことに挑戦するのはいいことだと思います。私たちが学生だった頃と違って、今はインターネットなどの通信手段も格段に発達しているし、ボランティアや海外青年協力隊、国際NGOなど様々なプログラムに参加できるチャンスも本当に豊富ですよね。

一番もったいないのは、「やることがない」「つまらない」という気持ちで、毎日をなんとなく過ごしてしまうこと。「舞台は世界」と思って、ボランティアでも海外旅行でも、何でもいいから日本の外を見てみる、という経験をまずはしてみてください。私も高校生のときのハワイや、語学研修で行ったニューヨークで大きな刺激を受けましたし、一度海外に出てみないと、日本人としてのアイデンティティはわからないと思うんです。刺激を受けて考えたことが、将来自分がやりたいことのヒントになったり、自分を見つめなおすいい機会になったりもしますから、そういった経験を早いうちから積んでいくことを、学生の皆さんにはお勧めしたいですね。

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