Makoto Suwa

Saori Imaizumi

東京都出身。米国ウェズリアン大学にて政治学および国際関係学の学士を取得し、在学中のスペイン留学を経た後、日本に帰国しアクセンチュアにて勤務。ITアウトソーシングビジネス、社内のCSR(企業の社会貢献)活動、NGOの人事組織コンサルタント業に携わった後、米国タフツ大学フレッチャー法律外交大学院にて開発経済と国際ビジネスの修士を取得。在学中に研究を行った産官学連携および科学技術政策関連の仕事をするため2010年から世界銀行南アジア地域の教育セクターでインドとパキスタンの高等教育、職業訓練プロジェクトでコンサルタントとして働き、携帯電話を活用した起業・雇用に関する研究をMITのイノベーションジャーナルに出版。2013年より情報通信技術セクターに移動。テクノロジーを活用した教育、雇用問題の解決、イノベーションエコシステムの形成等にグローバルレベルで関わる。また2016年世界開発報告書「デジタル化がもたらす恩恵」のバックグラウンドペーパーを執筆。2016年より東アフリカ地域の教育セクターに教育専門官として入行し、アフリカ地域の理数科教育、民間連携、テクノロジーと教育・雇用問題に関するプロジェクトや調査に取り組んでいる。

第45回インタビュー 2017年1月12日

今泉沙織 教育グローバルプラクティス 教育専門官

上品な薄いグレーのセットアップは、知的だけれど甘さもあるデザインで、常にいろいろなことに挑戦しつつも自分らしさを忘れない今泉さんを象徴しているようだ。「ずっと同じメンバーで高校まで過ごしていた、井の中の蛙だったんです」と笑うが、その後の奮闘ぶりを聞くとその驚異的な行動力とパワフルさにただ圧倒される。自分の興味がどこにあるのかを見極め、やりたいことに近づくための努力を惜しまない彼女の生き方に、きっとエネルギーをもらえるはずだ。

開発への興味のきっかけとなった少女との文通

わたしが小学校1年生ぐらいのとき、両親がプラン・インターナショナルというNGOを通した里親制度支援を始めたんです。それでわたしはタイにいるひとつ年下の女の子と文通を始めたんですが、家にトイレがなかったり、両親がバンコクに出稼ぎにいっているのでおばあちゃんに育てられていたり、いつも同じ服を着ていたり、というのを同封されている写真で見て、子ども心に「自分の住む世界と違う世界があるんだな」と衝撃を受けました。結局その里親制度を通した交流は10年以上続き、支援の最終年に家族で彼女の村も訪れました。その時から頭のどこかに「自分と違う環境にいる子どもたちを助けられないかな」という気持ちがありました。

サマースクールでのカルチャーショックから米国留学の道へ

幼稚園から高校までずっとエスカレーター式の私立の学校だったので、ずっと同じメンバーと過ごしてきたんです。でも中学3年生のときに行ったイギリスのサマースクールで、世界中から来た人たちに会い、カルチャーショックを受けました。それまでの世界が狭かったということに気づき、とりあえず視野を広げて、英語を身につけようと思ったんです。ただ、日本の大学で英語教育を受けて、果たして英語が身につくんだろうか?という疑問がありました。それなら大変かもしれないけれど、確実に力がつくだろう英語圏の大学で頑張ろうと思ったのが、アメリカの大学を選んだ理由です。

Makoto Suwa

ウェズリアン大学は、まだあまり英語力に自信がなかったこともあり、小規模で面倒見がいい大学と聞いて選びました。リベラルアーツといって教養学科を幅広く勉強するので、専門性を磨くことはできませんでしたが、いろんな人がいて、視野は広がりましたね。また芸術系のクラスも充実していて、それらのクラスでの出会いを通して、型にはまらない考え方を学べたと思います。

また、開発を志すなら英語以外にもうひとつ言語を身につけた方がいいと思い、スペイン語にしようと決意。留学しないとうまくならないと思って在学中にスペインにも1学期間留学しました。留学する前はほとんど初心者の状態で行きましたが、結果的にスペイン語で生活できる程度の語学力は身につきましたね。

ビジネススキルを身につけるため、民間企業に就職

大学3年生の夏に、外交官をはじめとする国際問題を取り扱う女性リーダーを支援する女性外交政策グループというワシントンDCにあるNGOでインターンシップをして、様々な国際問題について知見を高めることができました。また、大学卒業後はペルーで学校を建てるというボランティアプロジェクトに1カ月参加。このような経験で視野は広がりましたが、今の自分には何のスキルもなくて、何の役にも立てないということを痛感したんです。まずはビジネススキルを身につけたいと思い、コンサルティング会社に興味があったので、ご縁があったアクセンチュアに就職することになりました。

NGOやシンクタンクで働くのは面白かったのですが、調査して書く、というプロセスの繰り返しで、他のスキルを得る機会があまりないと感じていたのと、日本で人脈を広げてビジネスができるところまで成長できたらいいな、という思いがあり、日本に帰る決断をしました。

アクセンチュアでは入社後に研修でプログラミング、システム開発、ビジネスおよびITスキル、ロジカルシンキングなどを学び、初プロジェクトはITを使って官公庁の業務を効率化するというものでした。このプロジェクトを経験したあと、もう少し英語を使い、システム開発ではなくビジネスよりの仕事がしたいと思っていたところ、社内公募でITアウトソーシングビジネスチームのポジションを見つけ、応募して部署を移りました。今では一般的になりましたが、当時の日本ではバックオフィス業務の一部を中国やインドにアウトソースするビジネスは新しいモデルで、欧米から人を招いて方法論を伝授してもらったり、イギリスまで研修に行かせてもらい実際のアウトソーシングの様子を学んできたりしたんです。アウトソーシングビジネスでは人事組織関連の業務に主に携わって、アウトソーシングするためのコスト削減モデル、組織改革戦略や実施モデル作り、クライアント企業社員への研修教材作り、プロジェクト管理などを行っていましたね。

また、一定期間勤務後、社内のCSR活動の一環で、非営利組織に対してコンサルティングを行うアクセンチュア・デベロップメント・パートナーシップというグローバルな取り組みに応募することができるんですね。日本事務所のCSR活動にも関わっていたので興味があり、応募したところ、日本事務所からは二人目の派遣者として選ばれ、大きな国際NGOのグローバル研修センターを立ち上げるというプロジェクトに参加しました。イギリスオフィスの同僚とロンドンで働き、コスタリカとケニアに調査に行き、NGOの活動に触れるという機会に恵まれました。その活動を通して、やはり自分のしたいことは開発なんだという思いを改めて実感しましたね。

ビジネスと開発の交差点を考えるために、大学院に進学

身につけたビジネススキルを使って、開発に関わるにはどうすればいいんだろうかと考えたときに、最初に思いついたのがマイクロファイナンス(貧困者向けの小規模金融)でした。そのためにはもっと勉強が必要だと思い、大学院に進学。最初はマイクロファイナンスを中心に勉強していましたが、院で知り合った人の中に、テクノロジーと開発に取り組んでいる人が多く、話を聞いているうちにそちらにも興味が出てきました。

在学中は、授業以外でも積極的に活動しました。1年目はマイクロファイナンスクラブのリーダーになってイベントを企画実施したり、関連情報を集めてメンバーに発信したりしました。また2年目は日立センターの協力を得て、日本ビジネスとテクノロジーの第一回会議の企画実施をし、日本企業とBOPビジネス(低所得層を対象とする国際的な事業活動)に関する議論を行いました。さらにインターンシップにも参加。国連開発計画(UNDP)では遠隔でしたが、CSRやBOPビジネスでどういうふうに民間の資源を動員して開発に貢献できるかを調査。米州開発銀行ではイノベーションエコシステム形成、起業関連のプロジェクト調査に携わりました。これらを通じて産官学連携(民間企業と教育機関の連携)に興味を持ち、この分野を勉強できるプログラムがあるコスタリカの大学について大学院で調査したりもしていました。

一通のメールがつないでくれた世界銀行との縁

大学院ではキャリアトリップといって、ワシントンやニューヨークに行って卒業生にキャリアについて話を聞く、という機会があるんです。前からこの「世銀スタッフの横顔」のサイトを見ていたのですが、自分が関心を持っていた産官学連携に携わっていらっしゃる職員にお会いできたら、と思い連絡を取ってみたところ、上司の方を紹介してくれたんです。その方が高等教育のスペシャリストで、自分の教育についての思いなどを話した結果、インドの大学のプロジェクトに人が足りないからと声をかけていただきました。

実はそのコンサルタント契約が30日という短いもので、不安もあったのですが、コンサルティング会社で「1度働いてしまえばどうにかなる」というメンタリティを培ったので入行を決めました。

バングラデシュの現地の問題解決を行うための物づくりコンテストにて大学生の参加者とともに
バングラデシュの現地の問題解決を行うための物づくりコンテストにて大学生の参加者とともに。2016年5月撮影

2010年入行後、最初は南アジアの教育セクターで3年間インドの高等教育、教員研修、CSR、パキスタンの職業訓練プロジェクトなどに関わると同時に、情報通信技術セクターのフラッグシップレポートの一部として携帯電話を使った起業や雇用について研究し、それがマサチューセッツ工科大学のイノベーションジャーナルにも出版されました。この3年では短期および長期コンサルタントの契約を経験し、インドにも長期派遣で滞在してカントリーオフィスの経験も積み、ヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)(注1)も受けました。しかし面接で落ちてしまったので、これからどうしようかと考えていましたが、今後はテクノロジーの観点から教育セクターに関わりたいと思い、その当時執筆していたテクノロジーと雇用に関する報告書のチームリーダーに引っ張ってもらい、2013年に情報通信技術セクターに移動しました。新しいチームに入っても仕事の半分では教育プロジェクトに携わっていて、テクノロジーの発展によりどのように働き方や内容が変わっていくのか、テクノロジーを使いどのように雇用を促すか、またテクノロジーを使ってどのように教育の品質を向上できるかなどの調査やパイロットプロジェクトをグローバルレベルで実施してきました。具体的にはオンラインプラットフォームを使ったフリーランスの働き方や、オンライン就職サイトの雇用データ分析、MOOC(インターネットを通じて講義をオンライン公開する取り組み)の研究などを行いました。またバングラデシュではイノベーションエコシステムを形成し産官学連携を促進するために3Dプリンターやレーザーカッターなどの電子工作機械を含む物づくりラボ(ファブラボ)を大学に設置し、現地の問題解決のための物づくりおよび協業スペースの提供、そしてファブラボを世界各国のファブラボと繋ぎ知識共有を図るためのコミュニティ作り、さらに現地のイノベーターや将来のラボ利用者を発掘するための物づくりコンテストの企画実施に貢献しました。

教育専門官としての現在の仕事内容

情報通信技術セクターに移動して、教育とテクノロジーの専門家として世界銀行の教育とテクノロジー関連の調査やプロジェクトに数多く関わる間、仕事は楽しいけれど福利厚生のないコンサルタントの身分でいるのはきついと思い始めていました。世界銀行の外も見ようと思い、国連のJPO派遣制度を受けたところ、オファーをいただくことができました。また同時に、何年かぶりに教育セクターで公募された世界銀行の日本人対象のミッドキャリア(注2)にも応募し、これが受からなかったらジュネーブの国際労働機関(ILO)に行こうと思っていた矢先に世銀からオファーをいただき、自分がやりたかった仕事を続けられる世銀を選び、アフリカ地域の教育セクターで職員として2016年より働き始めました。

現在の仕事としては4つのことをやっています。まず1つ目はPASET(Partnership for skills in Applied Sciences, Engineering and Technology)イニシアティブ。アフリカ地域のパートナーシッププラットフォームで、アフリカの応用科学、工学、技術に関する人材育成を促進するための取り組みです。複数のアフリカ政府がイニシアチブを取って進めているのが特徴です。イニシアチブのひとつがアフリカの大学で博士号を取得するための奨学金プログラムで、韓国とのパートナーシップを通して、奨学生が大学の交換プログラムで2年間韓国の大学に交換留学をしたり、カリキュラム向上のための教員研修を共同で行ったりしています。アフリカ側には他の国の教育システムを学ぶメリットが、韓国側にはアフリカとの繋がりを強化できるというメリットがあり、この例のように関係者全員にとって有益となる連携方法を模索しています。今後は民間企業とのパートナーシップや中国、インド等のパートナーシップ作りも進めていく予定です。

2つ目はケニアの中等教育(日本では中学校・高校)について。ケニアでは政府主導で、すでにタブレット端末を初等教育(日本では小学校)に導入し始めていて、政府のテクノロジーへの関心が高いのですが、中等教育ではどのようにテクノロジーを利用して教育の質やアクセスの向上に貢献できるかを考えていて、現在主に教員教育で取り入れようと、詳細を詰めているところです。

3つ目はエチオピアの中等教育について。プロジェクト予算で学校にコンピューターラボを設置する予定なのですが、どのようなコンテンツをいれて、どのようにラボを効果的に授業で使っていくかについてパイロットで試しながら提言をしています。

Makoto Suwa

最後に、アフリカ地域を中心とした情報通信技術と教育に関するリサーチペーパーの執筆。世界銀行として今まで何をしてきたのか、またこれから何をすればいいのかといったことについてまとめたいと考えています。

世界銀行に入って約6年なんですが、自分が興味を持ってやっている分野があまり知られていないこともあり、世界銀行の職員にも知ってもらい、協力者を探すことにおいては苦労してきました。どんな人が自分のアイディアに理解や共感を持ってくれているかを把握しておくことが大事ですね。また、テクノロジーの分野は、世界銀行がリードしているわけではなく、民間企業やローカルの起業家などで素晴らしいことをやっている人たちがたくさんいます。ただそこから事業拡大することが難しいんですよね。そういった企業や人をすくい上げ、どこに世界銀行が貢献すればいい結果に結びつくのか、クライアントにも満足してもらえるのかを考えることに、この仕事の醍醐味を感じています。

出張時の楽しみは世界のイノベーションスポットを訪れること

いろんなことをやってきたけれど、結果が出るのに時間がかかる取り組みが多かったので、正直なところまだ成果を見ることはできていません。これからのキャリアビジョンとしては、今まで撒いた種が、実を結んだところを見てみたいですね。また、これから書く予定のテクノロジーと教育についてのリサーチペーパーを通して、情報通信技術をより多くの人に知ってもらい、教育セクターにおける問題解決の方法として、少しでも多くの人に活用してもらえたらと願っています。

体を動かすのが好きなんですが、途上国にいるときはあまり外に出られないので、ワシントンDCにいるときはズンバやヨガ、ハイキングやサイクリングと思い切り体を動かしています。自然に触れるのが好きですね。また、途上国に行くと、物づくりのラボやインキュベーター、イノベーションハブなどを必ず訪れるようにしています。どういうイノベーション(技術革新)が現地で起こっているのかがよくわかるし、若者たちの思いを聞いたり、エネルギーをもらえたりするのが好きで、わたしのライフワークのようになっています。

「あなたが情熱を感じるものは何ですか?」

これから開発を目指す方に伝えたいことですが、わたしは自分のやりたいことを見つけるまで、とても時間がかかりました。でもいろいろなことにチャレンジしているうちに、最終的に情熱を感じることを見つけることができました。もちろん、最初から自分の専門性を見極めることができるならそれが一番だと思いますが、今はまだ自分がやりたいことがよくわからない、という人も心配しないでください。自分が興味があると思うことについて本を読んだり、どんな組織がそれを扱っているか調べ、そこにつながりそうないろんな人に会ったり、さまざまな活動に参加して経験を積んだりしているうちに、きっと自分の専門にできるもの、自分が得意にできるものを見つけられます。またその間に吸収してきた知識や経験はいろいろな場面で使えるので決して無駄にはなりません。頑張ってくださいね。

(注1) 世界銀行ヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP):世界銀行の若手専門職員養成プログラム。応募資格は、9月の入行時に32歳以下であること。開発関連技術分野で修士または同等以上の学歴、3年の実務経験または博士号レベルの学歴があること。語学力については、高度な英語力が必要で、さらにアラビア語、中国語、フランス語、ロシア語、スペイン語などが堪能であれば有利。
参考: http://www.worldbank.org/ja/country/japan/brief/careers

(注2) 世界銀行ミッドキャリアプログラム:募集するポジションのTORを公表し、候補者は自身の専門性にあったポジションに応募。勤務先は多くがワシントンDCの世銀本部(途上国事務所の場合も有り)。原則2年間の勤務期間の後、勤務評価に基づき更新が可能。
参考: http://www.worldbank.org/ja/country/japan/brief/careers#mid

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