Eiko Sato

Sachiko Kondo

アフリカの水産資源や森林資源の持続的利用のため、リベリア、シエラレオネ、ガーナ、ギニア、モーリタニアを中心に、水産資源プロジェクトの実施及び準備支援に従事。2011年に、漁村コミュニティを支援するジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)(注)として、世界銀行入行。リベリア事務所に約3年勤務した後、2015年よりワシントンDC本部勤務。東京大学農学部国際開発農学専修卒、政策研究大学院大学国際開発研究修士課程修了。大学院修了後、コンサルタント会社に勤務し、国内の農村開発事業に約2年、海外の農村開発事業に約6年半従事。国内業務では、耕畜連携事業、参加型農村地域計画の策定、省エネルギーや新エネルギービジョンの策定支援等を担当。海外業務では、JICAやJBIC委託のコンサルタントとして、コンゴ民主共和国バ・コンゴ州コミュニティ再生支援、ウガンダ北部国内避難民帰還促進のためのコミュニティ支援、モーリタニアのオアシス地域の女性支援、シエラレオネのカンビア県地域開発能力向上プロジェクト、ベトナム貧困地域小規模インフラ整備支援等を担当。技術士、農業部門、農村地域計画。佐賀県生まれ。父の転勤に伴い、2-7歳をベネズエラ、9-15歳をコロンビアで過ごす。

第52回インタビュー 2018年8月27日

近藤沙千子 環境自然資源管理グローバル・プラクティス 自然資源管理専門官

幼少期に過ごした南米で感じた違和感を原点として、地道な勉強と開発の現場で培った経験を積み上げてきた近藤さん。シンプルな言葉の中に、経験した人にしかわからない重みがこめられている。仕事で英語、フランス語を使ってきたと淡々と話す彼女だが、きっとここまでのキャリアを積むまでには人並みならぬ努力があったはず。そんな彼女のキャリアについて聞いてみた。

ピーナッツ売りの少年たちを見て感じた貧富の差

幼少期、父親の仕事の関係で南米で過ごしたので、貧富の差を身近に見る機会が頻繁にありました。ピーナッツをスペイン語でマニと言うんですが、自分と近い年頃の男の子たちが「マーニマニマニマニ」って節をつけながら声を出してピーナッツを街角で売っていたのが、今でも印象に残っています。自分はそれを車の中から見ていて、男の子たちはボロボロな服を着て一生懸命働いていて、なんでこんなに環境が違うのかな、と子ども心に不思議に思っていました。

ベネズエラとコロンビアに5年半ずついたのですが、この経験から将来は開発の仕事をしたいなと思っていたんです。高校から日本に帰国しましたが、その頃から「じゃあ開発の中でどんな仕事をしたいのか」ということを漠然と考え始めました。自分に置き換えてみたときに、まず食べ物がないと辛いな、と思ったこともあり、大学は東大の農学部に進みました。

東大で私が選んだ農学部国際開発農学専修は農学、林学、水産、農業経済を4本柱としていて、3年生では満遍なく学び、4年生で専攻をひとつに絞ります。作物の育て方に興味があり、技術的なことや米の増産について勉強したいと思い農学の研究室に入れてもらったのですが、卒業が近づくにつれ、開発のインパクトを考えたら政策的なところで貧富の差が生まれているのかなと感じ、農業経済をもう少し勉強したいと思うようになりました。農業経済に関する本を読んだときに感銘を受け、その先生が率いているという新しい大学院に進むことを決めました。アジアやアフリカからも留学生が多く来ていて、日本人は約3割。授業が英語で行われているというところにも魅力を感じました。

コンサルタント会社で農村開発の仕事を担当

Eiko Sato大学院卒業後は、日本のコンサルタント会社に就職しました。約2年間、国内の農村地域開発の仕事をしました。正直に言うと、海外の仕事をしたかったので当初は国内の仕事にはあまり意気込みはなかったのですが、日本の農村をあまり理解していなかったので、今思えばとてもいい経験をさせてもらい、多くの人に多くの事を教えてもらったと思います。今の仕事で日本の農村はどうなの?と聞かれたときにも経験に基づいて答えられますし、農村を見る目を養うことができました。

その後、JICAからの委託業務で海外業務を担当し、モーリタニアのオアシス地域の女性を支援するプロジェクトや、コンゴ民主共和国西部でのコミュニティ支援、ウガンダ北部の国内避難民のコミュニティ支援などに関わりました。一度現地に行くと3カ月くらい滞在して、日本に帰って業務内容をまとめて報告して、また海外へという生活だったので、当時は1年のうち8〜9カ月は海外にいるという感じでしたね。村の人たちと直接話す機会が多く、現場を身近に感じられるし、彼らの問題が理解できるという意味ではとても面白い仕事だったんですが、6年が経つ頃、違う仕事もしてみたいと思うようになりました。同じ地域で世銀のプロジェクトが行われていており、世銀のプロジェクトはどんな風に進めているんだろう、という好奇心もありました。

世界銀行に入行、リベリアで漁村開発の仕事に

Eiko Sato
国連ヘリコプターに乗って、アクセスが困難なリベリア南東部へ現地調査へ行ったところ

そんなときにたまたま見た、リベリア事務所の漁村開発を担当するJPOのポストを見つけて応募し、2011年夏に入行しました。

現地オフィスにシニアの職員がいて、世銀のプロジェクトサイクルの各ステージを経験したほうが良いという考えから、さまざまなプログラムに入ることができたのが良い経験になりました。最初はリベリアの漁村だけを担当していたんですが、徐々に担当する範囲を広げ、翌年はシエラレオネ、また翌年からガーナというように進めていきました。2014年までリベリアにいて、数カ月日本で産休を取ってから、ワシントンDCに異動し、復帰して、ギニアのプロジェクトでのチームリーダーになりました。

多すぎる漁船をどうコントロールする? 漁村開発の実際

現在は、ギニアとモーリタニアの漁村を中心に、国担当のチームリーダーとして全体が問題なく動いているかをチェックすることが主要な業務です。政策的なところもアドバイスしますが、個別の分析は専門家のコンサルタントにお願いし、きちんとできているのかを監督しています。漁村のインフラ整備、水揚げ場の整備なども重要です。また、水揚げされた漁獲量が多すぎないか、資源量の調査を踏まえて、漁業計画の見直しも図っています。漁船が違法に操業していないか、GPSのスイッチをオフにしていないか、国がきちんとパトロールできているかも調査しています。国によって課題や対策が違うので、国に合わせて仕事をする、ということを常に意識しています。

多言語が求められる世銀での仕事

Eiko Sato
ギニアのボッファ州の漁村にて、漁師等に話を聞いた後、現地の写真を撮って、現地調査をしているところ

ギニアとモーリタニアはフランス語圏なので、仕事でもフランス語を使っています。大学の第二外国語でフランス語を学び、アフリカで仕事をしていく中で少しずつ語彙を増やしていきました。仕事上ではなんとか使っていますが、ネイティブの人が早口で話している時などにはまだ苦労しています。スペイン語もまだまだ勉強しないといけないと思いますが、子どもの頃に南米にいたのである程度はできます。リベリアは英語でしたけど、大学院の授業で読み書きを鍛えました。

世銀はいろんな国の人がいるので、その国の話を聞いたり、一緒にミッションに行くのも面白いですね。また、世銀の仕事では、漁業という一分野だけでなく国のマクロ経済全体との関わりを見る必要があります。今までは現場が多かったので、漁業全体、国全体といった全体像が見えていなかった部分があると思うんです。葉っぱばっかり追っかけていたのが、枝も木も森も大事だな、と思うようになりました。自然資源以外の分野と共同で仕事をすることも増えてきて、複数のセクターにまたがって、一緒に問題解決をはかる姿勢は大事だなと最近よく感じています。

今後のキャリアビジョン、ワークライフバランスについて

Eiko Sato現在、世銀で7年。勉強もしなければと思うし、みんなチーム内でいろんな意見を言うので、それをまとめるのがチャレンジですね。漁船の数の制限ひとつにしても、政府側で規制を作った方がいいという人もいれば、コミュニティに権限を与える事により規制できるという人もいて、良い具合に間を取れないかなあと思いながら聞いてますが、今後はもう少し自分で音頭を取って話を進められたらいいなと思います。もっとDCで勉強して、いずれまたより広い視野を持ってカントリーオフィスに戻れたらいいなというのが今後のキャリアビジョンです。

子どもが小さい頃は出張に行くことが難しく、ビデオ会議でフォローしたりしていましたが、やはり出張に行くと現地の問題もわかるし仕事が進むので、全然手応えが違います。今、上がもうすぐ4歳、下が1歳過ぎになる子どもがいて、子供達の成長も見たいので、そこがジレンマですね。休みの日は国立公園に行ったりするのが好きです。学生のときにはよく山とか島でキャンプしたりしていたんですよ。とはいえ、今は子どもたちも小さいのでなかなか難しいのですが、いずれもう少し子どもが大きくなったら、家族でアウトドアを楽しみたいですね。

「現地でしかできない経験」のすすめ

開発に関わりたい人の中には「貧しい人たちのために何かしたい」と思っている人が多いと思うんですけれど、現場を見るっていうことがとても大切なことだと思うので、ぜひ現場に行って欲しいです。海外旅行でもいいけれど、何らかの責任を持って行くと、見る視点も広がると思います。自分が達成する目標を持って、現地の人と話をして、自分で見て聞いて、ご飯も一緒に食べて感じて、理解を深めて開発に関わっていけると、現場に近い開発ができるんじゃないかと思います。

現場での経験が長かったので、村に行って握手をしたらその人が漁民かどうかわかります。漁師さんの手のひらは、少しザラザラしているんですよね。そういう人に漁の良さや苦労話を教えてもらっています。リベリアの船の網の重りも、昔はゴミ袋に砂を入れて重りにしていた人が、久しぶりに行ったらちゃんとした重りになっているのを見て、こういう物が買えるような生活水準になったのかなと感じたりしています。視野が広がってきたのは、今までの経験が役に立っているおかげかな、と思います。これから開発を目指す方々にも、現地でしか感じられない経験をたくさんしていただけたら、と願っています。

(注) ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)・プログラム:世界銀行と日本政府の連携で2009年に始まった日本人の若手職員採用プログラム。応募資格は、入行時に32歳以下で、世界銀行の業務に関係の深い分野に関連する修士号および2年以上の職務経験を有し、英語で職務遂行可能な、日本国籍を持つ方。募集するポジションのTORを公表し、候補者は自身の専門性にあったポジションに応募。勤務先は多くがワシントンDCの世銀本部(途上国事務所の場合も有り)。原則2年間の任期の後、勤務評価に基づき更新が可能。

JPOプログラム
採用・奨学金

世銀スタッフの横顔ホーム