Makoto Suwa

Makoto Suwa

2014年入行。防災グローバルファシリティにて主に気象・気候・水文サービスの向上を通して防災、レジリエンス強化や気候変動対策に取り組んでいる。アフリカ、東南・南アジア、中南米などにおいてプロジェクト準備や実施支援に従事中。また気象・気候・水文サービスの世界的動向の分析や、各国気象水文機関や他国際機関との連携強化も担当。世界銀行入行前は、世界気象機関(WMO)ジュネーブ本部およびナイロビ東部南部アフリカ事務局に勤務。主に気象水文機関の能力開発、東部アフリカの気象・気候サービスに関わるプロジェクトや連携強化に携わった。また青年海外協力隊員として、ルワンダの首都キガリにあるLycee de KigaliやKigali Institute of Science and Technology(現The University of Rwanda)理学部でも教鞭をとった。茨城県出身。東京大学理学部卒業後、デューク大学大学院環境学修士課程を経て、プリンストン大学大学院地球科学博士課程修了。Ph.D(気候科学)取得。

第44回インタビュー 2016年7月7日

諏訪理世界銀行 防災グローバルファシリティ(GFDRR)上級防災専門官官

具体的な例や数字を交えた説得力がある語り口や、力強い声は、そのまま諏訪さんの行動力を示しているようだ。娘さんとのエピソードからは、どんな時も工夫を忘れない、柔軟性のある人となりが伝わってくる。幼い頃から興味があった地球科学と国際開発を両方をあきらめることなく、自分のやりたいことを追求した結果、どのように今のキャリアにたどり着いたのだろうか。他人の真似や、決められたレールの上を走るのではなく、自分の興味があることを真摯に考えることの大切さが伝わってくるインタビューとなった。

NHKの番組と祖父の話から、地球科学と開発に興味を持った少年時代

小さな頃、NHKで見た『地球大紀行』という番組に夢中になりました。地球の誕生から現在までを、1980年代当時の科学で解き明かし紹介するという番組だったんですが、この番組がきっかけで将来は地球科学に関わりたい!と思うようになりましたね。また、祖父がマレーシアの大学で教えていたこともあって、途上国や国際開発への興味も同時に抱いていました。どちらの道に進もうかと考えた時に、なんとなくですが地球科学から国際開発、という道は可能でも、国際開発から地球科学という道は難しいんじゃないかと思って、まずは地球科学を学ぶことにしたんです。

大学では理学部地学科というところにいました。17人ぐらいの小規模な学科です。大学卒業後すぐに留学しましたが、留学は前から決めていたというわけではなく、4年生の夏に「俺、留学する!」とクラスメイトの1人が言い出して、影響されたところもあります。科学を勉強していると、地球科学を含め多くの分野でアメリカの大学や研究者の名前をよく聞くこともあって、憧れもありました。

Makoto Suwa

修士のときは環境マネジメントを勉強していたんですが、自然科学も社会科学も含む、広く浅い勉強の内容に物足りなさを感じて、博士課程ではどっぷり地球科学を専攻することにしました。博士では昔の地球の気候はどんなものだったのかを研究していました。たとえば100万年前ぐらいからおよそ10万年ごとに寒い時期が繰り返されているとか、2万年ぐらい前はマンハッタンやニュージャージーのあたりまで氷河で覆われていたことなどを聞くと、地球科学って面白いなと思いませんか?実際に南極にも行き、掘った氷を使って、過去40万年地球の気候に何が起こったのか、そしてそれはなぜ起こったのかといった研究をしていました。研究は非常に面白かったし、南極の大地に立って見た地平線まで続く白と青、二色からなる景色は非常に美しかったですが、それを眺めながら自分はもう少し人と関わる仕事がしたいな、と実感したんです。
ただ、大学時代に東京に4年間、大学院ではアメリカに8年いたんですが、結局どちらにもなじめなかったというか…。鬱々とした20代を過ごしたという思いはありますね(笑)。その分、読書はそれなりにした気はします。

地球科学の意義、そして途上国について学んだルワンダでの2年間

私のいた大学院では卒業生の多くが研究職を探すのですが、やはり自分の中にずっとあった開発への興味を消すことができませんでした。甘いかもしれませんが、まず開発の仕事にチャレンジしてみて、合わなかったら研究職に戻ろう、と思ったんです。それで、開発と自然科学との接点で自分にできることは何だろう?と考えた時に、行き着いたのがずっと憧れがあった国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊でした。

Makoto Suwa協力隊ではルワンダというアフリカ中央にある小国の首都キガリに派遣され、午前中は中学と高校で理数科の教師、午後は大学の理学部で教えていました。自分のキャリアの中で、開発途上国に本格的に関わった初めての経験ではありましたが、接した生徒や学生の多くは学ぶことへの意欲が高く、ハングリー精神を持ってきらきらした瞳で授業を聞いてくれたので、非常にやりがいを感じました。あくまでも学校の先生だったので、やりがいと共にもどかしさを感じることもありましたね。例えば、大学での勉強はやはり高校までの勉強の積み重ねの上にあるもの。理系の授業だったら、微分積分などを使わないと説明できないこともあるわけですが、ルワンダではトップレベルであるはずの大学生が、分数、かけ算レベルでつまずいていて、高度な内容を教えることに限界を感じることもありました。高校の数学も教えていたので、積み重ねの重要性は身にしみて感じました。ちなみに教え子の数人はルワンダ気象局に就職しましたが、ルワンダでの経験は今のアフリカの気象機関のキャパシティビルディング(能力強化・向上)を考えるときに重要なヒントを与えてくれている気がします。

ただそんな中、アフリカ開発銀行のプロジェクトが建ててくれた実験設備を使って、窒素酸化物や硫黄酸化物、オゾンなどの大気汚染物質を継続的に学生と測定する機会に恵まれたんです。基礎的な観測なのですが、先進国と違ってアフリカではこのようなデータがほとんどない。どのアフリカの大都市でも車が増えてきて、また工業生産が環境に配慮しない形で上昇していけば、大気汚染は今後深刻な課題になっていく可能性があります。学長に連れられて5~6人の大臣の集まりの中、我々の大学はこんなことをやっています、と発表する機会などもあり、地球科学の開発に対する意義、つまり地球科学・環境科学的なデータをきちんと取り、政策に反映させていくことの需要や重要性を強く感じることができました。

開発と地球科学の接点は? 自分にできることを求めて世界気象機関(WMO)へ

その思いをつきつめたいと思い、国連JPO派遣制度(注1)を利用して応募したのが世界気象機関 (WMO)です。自分なりに開発と地球科学を結びつけるところはどこだろう?とリサーチした結果、この機関にたどり着きました。最初はジュネーブにある本部で2年、それから1年半ケニアへ。途上国の気象水文機関(日本で言えば国交省や気象庁)のキャパシティビルディング(能力強化・向上)が主な仕事でした。

例えば、アフリカでは農業をやっている人々が多いですよね。そのほとんどが小規模農家で天水にたよった農業をしているので、「雨」という資源をいかに有効的に活用するかが、彼らの農業生産量に直接影響します。アフリカの農家にとって気象情報は必須なのです。しかし、気象機関というのは科学者が働いている機関です。科学者としての熱意を持っている人はおり、それはそれで非常に貴重なことなのですが、その反面、「ユーザーの役に立つ情報を提供する」という意識は組織として残念ながら高くないんです。 その溝を埋めるのが我々の仕事です。ユーザーが何を必要としているのかを理解し、そこから気象・水文機関の発展の方向性を共に探っていきます。

また、防災も大きな課題です。ケニア、ウガンダ、タンザニアに囲まれたアフリカ最大の湖、ビクトリア湖では年間5,000人が亡くなっていると言われています。この統計も正確かどうか疑問はありますが、とにかくたくさんの人が亡くなっているのは事実らしい。なぜか?ビクトリア湖では漁業が盛んで、悪天候の時に知らず漁に出てしまい、船が転覆して亡くなるというわけです。これも、嵐が来るぞ、という警報さえあれば、死者の数を減らすことができますよね。

世界銀行への入行、そして現在の仕事

Makoto Suwa

3年JPOでWMOで働いて、残り半年ぐらいは別の契約で働いていたのですが、外からもこの分野を見てみたい、という気持ちが出てきました。ちょうどその頃、世界銀行が気象・気候・水文サービス強化への投資を増やしていた時期というのもあり、世銀の日本人採用ミッション(注2)に応募したんです。2013年3月に面接を受け、それからほぼ1年後の2014年春先に入行しました。

仕事としては世界銀行が管理する防災グローバルファシリティーという信託基金に席を置いて主に3つのことをやっています。ひとつはナレッジマネジメント(知見・経験の蓄積と情報発信活動)。2つ目はクライアント国や世銀内のタスクチームリーダーを対象とするキャパシティビルディング(能力強化・向上)。3つ目は実際のオペレーション(プロジェクト)に入ってサポートをする、といった感じですね。割合としては前の2つを合わせて5割、3つ目が5割、といった感じです。

関わっているプロジェクトは気象・気候・水文サービスや早期警報の強化を目的としたものが多いですが、その多くは防災や水、脆弱な立場にある人々に対する社会保障、農業に関するプロジェクトの一部です。やはりこの分野に関して、莫大なネットワークや専門的な知見を持っているのはかつて所属していたWMOなので、最近はWMOと仕事する機会も増えています。先方の立場や仕事の内容はそれなりに理解しているつもりなので、前職での経験が今の仕事に大いに役立っていますね。

アフリカの防災がなぜ大事なのか

世界の様々な地域の国を担当しているのですが、アフリカもそのひとつです。今年の8月に第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)(注3)が開催されるので、ここで少しアフリカの話をご紹介します。アフリカは災害に対して脆弱で、洪水や干ばつによって毎年大きな被害が出ます。極端な気象現象は今後も増えていくだろうと予測されており、早期警報が非常に重要になってきます。近年防災に関する投資額が増えているのには、そういう理由があります。

現在はアフリカ開発銀行、世界銀行、WMO、国連開発計画(UNDP)、フランス開発庁、国連世界食糧計画(WFP)の6つの機関で、「緑の気候基金」という気候の資金メカニズムなどを使って、アフリカの気象や気候、水文サービスを支援していこうという取り組みをしています。支援を必要とする様々な組織がひとつの国で資金の取り合いをするといいことがないので、援助機関が協調しながら足並みを揃えてやっていきましょう、ということです。TICAD VIでサイドイベントも行う予定です。

災害による経済損失:途上国における経済成長への影響

世界銀行が防災を積極的に支援する理由としては、この表を見てもらうとわかりやすいかもしれません。災害が起きた時の経済への損失を先進国と途上国で比較したものです。先進国だと富の集積があるので、損失はもちろん大きな額ですが、GDPに対してはそれほどダメージにはなりません。それは元々のGDPが高いからです。反対に、途上国では富の集積が進んでいないので全体の経済に与える損失は小さいのですが、GDPが低いため、例えば小さな島国ではひとつの災害でGDPの100%を超えるような損失が発生することがあるのです。まさに国にとっての死活問題なわけです。つまり、防災に力を注がなければ、途上国の健全な経済成長は期待できないということです。

僕には、80才になったときの夢があります

グローバルで俯瞰的に物事を見て、こういう地域でこういう課題がある、と把握できることがこの仕事の醍醐味ですね。世銀の中外を問わず、専門分野のエキスパートと一緒に仕事ができることにもやりがいを感じています。ただ、世銀のプロジェクトは5年ということが多く、その中で目に見える成果を出すのにはいつも苦労しています。この分野では残念ながら、短期間で目に見える成果を見せるのは難しい部分もあるんです。

Makoto Suwa 今後のキャリアとしては2つの興味があって、ひとつは今仕事として関わっている、地球科学が途上国の発展に役立つことに貢献したいということ。そしてもうひとつが、地球科学そのものの発展です。地球科学って、データを取る必要があることも多いのですが、途上国でデータを取る作業って先進国に比べればまだまだ少ないんです。まれに、先進国の人が途上国に出向いてデータ観測をするケースもありますが、長期間滞在するのは難しいので限界があります。アフリカなら、アフリカの科学者が育って、データを取って分析してその結果を発表して、というふうに現地で地球科学が発展してほしい。そうすれば、地球の姿がよくわかりますから。80才になったときに、最新の科学的知見と技術で新たに作られた『地球大紀行』を見るのが夢ですね。

出張も多いので、ワシントンにいる時はなるべく家族と過ごすようにしています。今、娘が3歳なんですが、レゴを一緒にする時に、おうちを作って!と言われても、私は最初から完成図を頭に描いて作るということができないんですよね。だからまずは目の前のことをコツコツやっていくことに向いているのかな、なんて、レゴを作りながら性格分析をしたり。あとは同じ本を何度も読まされるじゃないですか。その時も、いかに同じ本を面白く読むかが工夫のしどころ。こんな風に子どもとの時間もできるだけ楽しんでいます。

我々より若い世代は、発想も柔軟だし新しいツールを組み合わせたりすることにもすごく長けている印象があります。発信力もすごくあるし、いいですよね。私たちに刺激を与え続けてほしいです。

(注1) JPO派遣制度:将来的に国際機関で正規職員として勤務することを志望する若手日本人を対象に、日本政府が派遣にかかる経費を負担して一定期間(原則2年間)各国際機関で職員として勤務し、国際機関の正規職員となるために必要な知識・経験を積む機会を提供し、ひいては派遣期間終了後も引き続き正規職員として派遣先機関や他の国際機関に採用されることを目的とした派遣制度。
参考: http://www.mofa-irc.go.jp/jpo/index.html

(注2) 世界銀行ミッドキャリアプログラム:募集するポジションのTORを公表し、候補者は自身の専門性にあったポジションに応募。勤務先は多くがワシントンDCの世銀本部(途上国事務所の場合も有り)。原則2年間の勤務期間の後、勤務評価に基づき更新が可能。
参考: http://www.worldbank.org/ja/country/japan/brief/careers#mid

(注3) アフリカ開発会議(TICAD):TICAD(アフリカ開発会議)は、日本政府、世界銀行、アフリカ担当事務総長特別顧問室 (UN-OSAA) 、国連開発計画(UNDP)、アフリカ連合委員会(AUC)が共同で取り組むアフリカ開発のイニシアチブ。1993年に立ち上がり、世界銀行は2000年から共催者。次回第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)は、2016年8月27、28日にケニアで開催予定。
参考: http://www.worldbank.org/ja/country/japan/brief/ticad

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