!DOCTYPE HTML> 田邊紀美恵 | 世銀スタッフの横顔
Kimie Tanabe

Kimie Tanabe

千葉県我孫子市出身。上智大学比較文化学部卒。在学中にジョージタウン大学に交換留学。米国アメリカン大学大学院並びにジョンズホプキンス大学大学院にて経済学修士号取得。大学院在学中に、国連開発計画(UNDP)、米州開発銀行(IDB)にてインターンとして中南米の行政権・地方分権に関する調査・研究に従事。2008年に世界銀行に入行、中東・北アフリカ地域総局人間開発局にて、家計調査分析、分析結果をもとにした政策提言や技術供与を担当。

第15回インタビュー 2010年5月4日

田邊紀美恵 エコノミスト

世界銀行 中東・北アフリカ地域総局 人間開発局 保健・栄養・人口セクター

誠実さが伝わってくる落ち着いた話し方。高校生のときから自分の意志で留学を決め、大学院時代にはアポイントを取って世界銀行のスタッフに会ったというエピソードの数々からは、意志の強さと仕事への熱意が感じられる。「10代のうちから海外に行くべき」という彼女の信念とその理由、今までの半生を語っていただいた。

高校生でアメリカ留学&東南アジアでの生活

小さい頃、家族の仕事で東南アジアに住んでいた経験が、海外に興味を持ったきっかけかもしれません。高校に入ってすぐに交換留学のプログラムに応募して、カリフォルニア州のサンノゼに1年間留学しました。両親は日本にいて欲しかったようですが、なぜか私には「若いころに海外に行かないとダメ!」という脅迫観念のようなものがあったんです。両親に頼み込み、結局は自分の貯めてあったお年玉を費用にあてて実現させました。

日本に帰国後、すぐにタイに引っ越しました。バンコク滞在中、学校では、カルチャーのクラスで「本当のタイを探ろう」というプロジェクトがあって、スラム街の人々の暮らしをビデオに撮ったり、人々にインタビューをしたりしてドキュメンタリーを作ったことが印象に残っていますね。この経験や、タイに住んだことそのものが、後に国際公務員を志望する直接のきっかけになったのだと思います。

「教える」ことに燃えた大学時代

高校時代に海外に出て、初めて自分の母国の素晴らしさに気づきました。それで日本のことももっと学びたいと思い、日本の大学に進学したんです。国際政治学を専攻したのは、資源はあるのに下層には届かない東南アジアの国々には、どこか政治的に問題があるんじゃないか、という自分なりの思いがあったから。

勉強ももちろん頑張りましたが、思い出深いのはアルバイトでやっていた塾講師でしょうか。勉強との両立が大変で悩んだ時期もあったんですが、やはり一度生徒を受けもってしまうと途中で放り出すわけにもいかなくて。特別クラスとして、聾(ろう)学校の生徒たちに教えたこともありました。言葉で説明できないので、とにかく黒板に書いたり、手振りで説明をしたりと苦労しましたけど、その分、クラス全員が大学に合格したときは本当に嬉しかったですね。

100人に行った「インフォメーション・インタビュー」

Kimie Tanabeそんなある日、大学の就職課で国際公務員になりたいと相談したら、「そのためには大学院を出ないと。外資の金融機関に入ってからステップアップする、という手もありますが」と教えてもらったんです。それなら2つともやってみよう、ということで両方の可能性を試したところ、ある証券会社に内定をもらいました。その会社で働こうと思ったんですが、アメリカン大学から合格の知らせが来て、立地的にも世銀に近かったので興味があったのと、大学の教授に「行った方がいい」とアドバイスを受けて行くことを決めたんです。

大学院で勉強をスタートすると同時にすぐ、世銀の職員にコンタクトを取って直接会うということを繰り返していました。どんな仕事をしているのか聞いたり、反対に今こういう勉強をしていて、今すぐにでもここで働きたい、と話したり。とにかく興味津々だったんですよね。興味があった公共部門のスタッフを中心に、おそらく100人ぐらいは会ったんじゃないかと思います。院時代は、いくつかのインターンを経験しましたが、そのひとつとして、ニューヨークの国連でレポートをまとめたこともありました。

ラテンアメリカと中東の違いって?

世界銀行の開発経済リサーチ部門でのデータ分析をきっかけに入行し、現在はマクロエコノミストとして、家計調査などを元にデータを分析し、保険や社会保障について政策提言するという仕事をしています。Kimie Tanabe収入が少ない国だと、保険などのシステムがないところもある。そういう国に住んでいる人々は、病気になってもギリギリまで我慢するケースが多く、悪化して耐えられなくなってから病院に行くから、手術代や入院費用などでかえって多額の費用がかかってしまう傾向にあります。そういった国ごとの状況を調査し、あなたの国は現在こういう状態で、世界銀行としてはこういうふうにしたいのですがいかがでしょう?というふうに提案しています。

今までの苦労といえば、ラテンアメリカ地域を担当したときのスペイン語ですね。マネージャーに「データは英語だから」と言われて安心していたんですが、確かにデータは英語でも書類などはすべてスペイン語。辞書をひきつつ格闘したのは忘れられない思い出です。現在の担当は中東地域。出張でエジプトとチュニジア、イエメンに行きましたが、年齢的に威厳もなく女性である私に、皆さん敬意を払って接してくれました。実感として、中東地域は直接会って自己紹介をしないと、仕事がスムーズに進まないですね。ラテンアメリカではあまりそういうことはなくて、電話でも大丈夫だったりするんですが。そういった地域の違いを感じられるのも興味深いですね。

日本の文化を伝えるためにできること

Kimie Tanabe後悔していることと言えば、博士号をストレートで取ればよかったということでしょうか。今大学院で修士課程在学中の人はぜひそのまま続けてください、と言いたいですね。私のように2年で働き始めてしまうと、働きながら博士号を取るのはなかなか難しいです。現在博士論文の準備中ですが、仕事をしながらの研究はなかなか進みにくい状況です。最低、骨組みができてから働くことをお勧めします。

若い人たちに望むのは、とにかく「若いうちに海外に行くこと」ですね。できれば大学生ではなく、高校生で留学することをお勧めします。身の周りで、大学で初めて留学して苦労している人たちをいっぱい見ているので…。日本という国は、特殊な文化を持った素晴らしい国。その文化を守りつつ、世界に伝えていって欲しいと願っていますが、受け取る側の文化をきちんと理解していないと、正しく伝えることは不可能なんです。両親の協力も必要になってきますが、熱意を持って説得すればきっとわかってくれるはず。ぜひ若いうちから世界に飛び立って、いろんなものを見たり聞いたり経験してください。

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